毎月の給与計算は、正確性と法令遵守が求められる重要な業務です。社会保険料や住民税、所得税などの複雑な計算に加え、毎年のように行われる法改正や制度改定への対応も求められます。
こうした背景から、給与計算や社会保険手続きの負担に悩み、「この計算で合っているのか」「担当者が辞めたらどうしよう」と不安を抱える経営者や担当者も少なくありません。
近年では、給与計算を社会保険労務士(社労士)などの専門家に委託(アウトソーシング)する企業が増えています。
しかし一方で、「社労士と税理士のどちらに依頼すべきか?」「費用相場は?」「メリットだけでなくデメリットも把握しておきたい」といった新たな疑問が生まれるのも事実です。
さらに、委託範囲の判断や契約形態の選定を誤ると、無駄なコストや労務トラブルの原因にもなりかねません。そのため、自社の状況に合った最適な方法を見極めるための正しい知識が欠かせません。
本記事では、給与計算を社労士に依頼すべきかお悩みの方へ向けて、社労士と税理士の業務範囲の違い、依頼のメリット・デメリット、費用の目安、最適な活用シーンや注意点までを網羅的に解説します。

生島社労士事務所代表
生島 亮
いくしま りょう
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給与計算業務は、社会保険労務士(社労士)に代行を依頼することが可能です。毎月の給与計算は、社会保険料や税金の計算など専門的な知識が求められる複雑な業務であり、多くの企業が専門家への外部委託(アウトソーシング)を検討します。
給与計算そのものは資格がなくても行える「非独占業務」ですが、関連する社会保険や労働保険の手続きには社労士の独占業務が含まれます。そのため、給与計算を依頼する専門家として、社労士は有力な選択肢となります。
ただし、給与計算に関連する業務には、税理士の専門領域である税務も含まれるため、「社労士と税理士のどちらに依頼すべきか」は多くの経営者や担当者が悩むポイントです。自社の状況に合わせて最適な専門家を選ぶためには、まず両者の業務範囲の違いを正確に理解することが不可欠です。
社労士は、労働・社会保険諸法令に基づく専門家です。主な独占業務には、従業員の入退社に伴う社会保険(健康保険・厚生年金保険)や労働保険(雇用保険・労災保険)の加入・喪失手続き、労働保険の年度更新、算定基礎届の作成・提出、就業規則の作成・変更などが含まれます。 これらの手続きは、給与計算における社会保険料の正確な控除と密接に関連しています。
税理士は、税務に関する専門家です。税理士の独占業務には、所得税や法人税などの税務代理、税務書類の作成、税務相談があります。 給与計算に関連する業務では、特に年末調整の計算と申告代行が税理士の独占業務です。
給与計算業務をどちらに依頼するべきか判断するために、以下の表で業務範囲の違いを確認しましょう。
【社労士と税理士の給与計算関連業務 担当領域マトリクス】
業務内容 | 社会保険労務士(社労士) | 税理士 |
毎月の給与計算(資格がなくても対応可能) | ○ | ○ |
社会保険・労働保険の手続き (従業員の入退社時に必須) | ◎(独占業務) | × |
算定基礎届・年度更新 (年に一度の重要な手続き) | ◎(独占業務) | × |
就業規則の作成・変更 (労務管理の根幹) | ◎(独占業務) | × |
助成金の申請代行 (企業の経費削減に貢献) | ○(独占業務が多い) | × |
年末調整の申告代行 (社労士による代行は不可) | × | ◎(独占業務) |
住民税の年度更新 (給与支払報告書の提出) | ○ | ○ |
労務相談 (労働法に関する相談は社労士の専門) | ◎ | △ |
税務相談 (節税対策などは税理士の専門) | × | ◎ |
このように、給与計算を軸としつつも、社会保険手続きや労務管理まで一括で任せたい場合は社労士、年末調整や税務相談まで含めて依頼したい場合は税理士がそれぞれ担当領域となります。
社労士と税理士の賢い「使い分け」パターン
多くの企業にとって、社労士と税理士はどちらか一方を選ぶ「対立関係」ではなく、それぞれの専門性を活かして連携・協業してもらう「パートナー」と捉えるのが賢明です。企業の成長に合わせて、両者の役割を使い分けることで、より強固なバックオフィス体制を構築できます。
会社の設立初期段階や、従業員数がまだ少なく労務課題が顕在化していない場合には、まず顧問税理士に給与計算を依頼するのが効率的なケースが多いです。
このフェーズでは、会社の経理体制を固めることが最優先事項であり、決算や税務申告を依頼している税理士に給与計算もまとめて任せることで、コミュニケーションコストを抑えられます。特に、年に一度の年末調整まで一括で対応してもらえる点は大きなメリットです。
従業員数が増加し、人事労務に関する専門的な対応が必要になったタイミングで、給与計算の依頼先を社労士に切り替える、あるいは新たに社労士と契約することを検討すべきです。
具体的には、以下のような状況が当てはまります。
- 従業員の入退社が頻繁になり、社会保険・労働保険の手続きに手間と時間がかかるようになった。
- アルバイトやパート、時短勤務など多様な働き方が増え、勤怠管理や給与計算が複雑になった。
- 就業規則の整備や見直し、36協定の届出など、法的に求められる労務管理体制を構築したい。
- 活用できる助成金がないか相談し、申請を代行してほしい。
- 残業代の計算や有給休暇の管理など、労務トラブルのリスクを専門家のアドバイスで未然に防ぎたい。
このような状況では、社会保険手続きの代行から専門的な労務相談まで幅広く対応できる社労士に依頼するメリットが非常に大きくなります。
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給与計算を社労士に依頼することは、単に計算業務を代行してもらう以上の、企業経営にとって多くのメリットをもたらします。
専門家である社労士に任せることで、煩雑な業務から解放されるだけでなく、法令遵守体制の強化や経営リスクの回避、さらには新たな価値創出にも繋がります。
社会保険・労務手続きまで一括で任せられる安心感
社労士に給与計算を依頼する最大のメリットは、給与データと密接に関連する社会保険・労働保険の各種手続きを、ワンストップで任せられる安心感にあります。給与計算と社会保険手続きは切り離せない関係にあり、これらを一括で専門家に委託することで、業務の効率化と手続き漏れのリスクを大幅に削減できます。
例えば、従業員が入社・退社すれば給与計算の対象者が変わるだけでなく、社会保険の資格取得・喪失手続きが必ず発生します。また、昇給や降給によって月々の給与額が大幅に変動した場合には、社会保険料の基準となる標準報酬月額を見直す「随時改定(月額変更届)」の手続きが必要です 。
これらの手続きは社労士の独占業務であり、給与計算と連動して発生するこれらの重要な手続きを、専門家が一括して管理・代行することで、担当者は都度発生する煩雑な作業から解放され、手続きの遅延やミスといったトラブルを未然に防ぐことが可能になります。
計算ミスや法令違反のリスクを専門家がカバー
給与計算は、毎年のように改定される社会保険料率や雇用保険料率、複雑な労働基準法など、多くの法律知識を必要とする業務です 。専門家である社労士に依頼することで、これらの法改正に迅速かつ正確に対応し、意図しない計算ミスや法令違反のリスクを回避できます。
特に、以下のような間違いやすいポイントも専門家が正確に処理します。
◯社会保険料の改定
毎年改定される健康保険料・介護保険料率や雇用保険料率を正確に反映した計算 。
◯標準報酬月額の適切な管理
年に一度の定時決定(算定基礎届)や、給与変動に伴う随時改定(月額変更届)の正確な判断と手続き 。
◯残業代の計算
法定の割増率に基づく正確な時間外労働手当、休日労働手当、深夜労働手当の計算。
◯各種控除の計算
所得税、住民税、社会保険料などの正確な控除額の算出。
計算ミスは、従業員からの信頼を損なうだけでなく、労働基準監督署や年金事務所の調査で指摘された場合、追徴金や延滞金の発生といった経営上のリスクに直結します。これらのリスクを専門家がカバーしてくれることは、企業にとって大きな安心材料となります。
担当者の心理的・時間的負担が軽減される
毎月の給与計算業務は、締切に追われながら「1円の間違いも許されない」という非常にプレッシャーのかかる作業です。この煩雑でミスの許されない業務を社労士にアウトソーシングすることで、担当者の時間的、そして心理的な負担を大幅に軽減できます。
給与計算業務には、勤怠データの集計から各種手当の計算、社会保険料や税金の控除、給与明細の作成・配布まで、多くの工数がかかります。これらの作業を専門家に任せることで、担当者は毎月数時間から数日かかっていた業務から解放されます 。
創出された時間は、採用活動、人材育成、人事制度の企画、職場環境の改善といった、企業の成長に直結するより戦略的なコア業務に充てることが可能になります。これは、単なる業務効率化に留まらず、企業全体の生産性向上に貢献する重要なメリットです。
属人化を防ぎ、退職・休職リスクにも対応できる
中小企業では、給与計算を特定の一人の担当者に依存しているケースが少なくありません。このような「属人化」した状態は、その担当者が急に退職したり、病気などで長期休職したりした場合に、給与計算業務が完全に停止してしまうという大きな経営リスクを抱えています。
社労士に給与計算を外部委託することは、この属人化リスクへの有効な対策となります 。アウトソーシングによって、社内に給与計算の業務フローやノウハウがなくても、毎月の給与支払いを遅滞なく正確に行うことが可能です。
これは、事業継続計画(BCP)の観点からも非常に重要です。万が一の事態が発生しても事業運営の根幹である給与支払いが滞らない体制を構築しておくことは、従業員の安心と信頼を確保し、安定した企業経営を続ける上で不可欠と言えるでしょう。
助成金申請など、労務+αの付加価値が得られる
社労士に給与計算を依頼するメリットは、守りの労務管理だけではありません。企業の状況に応じた助成金の提案や申請代行など、企業の成長を後押しするプラスアルファの付加価値が期待できる点も大きな魅力です。
国や地方自治体が管轄する雇用関連の助成金の多くは、適切な労務管理(例:出勤簿や賃金台帳の整備)や、法令に準拠した給与の支払いが申請の前提条件となります。
社労士は、日々の給与計算業務や労務管理を通じて企業の雇用状況や課題を正確に把握しているため、その企業が活用できる可能性のある助成金を見つけ出し、専門家として申請をスムーズに進めることができます。
助成金を受給できれば、人材採用や教育研修、設備投資の原資として活用でき、企業の財務基盤強化と事業拡大に直接繋がります。
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社労士への給与計算依頼は多くのメリットがある一方、事前に理解しておくべきデメリットや注意点も存在します。これらの点をあらかじめ把握し、対策を講じることで、外部委託(アウトソーシング)のミスマッチを防ぎ、その効果を最大限に高めることができます。
外注費用はかかるが、内部人件費と比較を
社労士に給与計算を依頼する場合、当然ながら外部委託の費用(コスト)が発生します 。これが、特に設立間もない企業や小規模事業者にとって、導入をためらう最大のデメリットと感じられるかもしれません。
しかし、この費用を単純な支出と捉えるのではなく、自社で対応した場合にかかる「内部コスト」と比較検討することが重要です。内部コストには、以下のようなものが含まれます。
- 担当者の人件費
- 採用・教育コスト
- システム利用料
- リスクコスト
目に見えにくいコストを総合的に考慮すると、専門知識を持つ社労士に依頼する費用は、結果的に内部で対応するよりもコストパフォーマンスが高いケースも少なくありません。費用対効果を正しく見極める視点が求められます 。
ノウハウは残りにくいが、業務標準化は進む
給与計算業務を完全に社労士へ外部委託すると、社内に具体的な計算方法や法改正対応といった実務ノウハウが蓄積されにくいというデメリットがあります 。将来、事業規模の拡大などを理由に内製化を検討する際に、一から知識を持つ人材を育成する必要が生じる可能性があります。
ただし、このデメリットは対策が可能です。例えば、社労士から毎月提出される計算結果やレポートの内容を社内担当者がチェックし、変更点などについて説明を受ける機会を設けることで、一定の知識を社内に残すことができます。
むしろ、外部の専門家が関わることで、これまで特定の担当者しか分からなかった業務フローが整理・標準化されるという側面もあります。社労士との連携を通じて、誰が見ても分かりやすいルールや手順が整備されれば、それは企業にとって無形の資産となります。「任せきり」にせず、パートナーとして情報共有を行うことで、このデメリットは管理可能なものになります。
年末調整は税理士領域、事前に役割分担を
社労士に給与計算を依頼する上で、最も注意すべき点の一つが「年末調整」の扱いです。所得税の精算手続きである年末調整の申告代行は、税理士の独占業務であり、社労士は対応することができません 。
この業務範囲の違いを理解していないと、「給与計算をすべてアウトソーシングしたのに、年末調整は結局自社で対応しなければならない」といった想定外の事態に陥る可能性があります。
このようなミスマッチを防ぐためには、依頼前の段階で社労士と税理士の役割分担を明確にしておくことが不可欠です。
◯顧問税理士がいる場合
顧問税理士と社労士の間で、給与データ(源泉徴収票など)の連携方法や、どちらがどの範囲までを担当するのかを事前に取り決めておく。
◯顧問税理士がいない場合
給与計算を依頼する社労士事務所が、提携している税理士を紹介してくれるか、年末調整の時期にどのような対応が可能かを確認しておく。
給与計算から年末調整までの一連の流れを滞りなく進めるために、契約前に専門家との間で業務範囲をしっかりとすり合わせておきましょう。
給与計算の対応方法には、専門家への外部委託から給与計算ソフトの導入、Excelなどを活用した自社対応まで、様々な選択肢があります。それぞれの方法にメリットとデメリットがあり、自社の事業規模や従業員数、社内体制によって最適な選択は異なります。
ここでは、「社労士」「税理士」「給与計算ソフト」「自社対応」の4つの選択肢を、コストや専門性、業務範囲などの観点から一覧で比較します。自社にとってどの方法が最も合っているか、検討するための判断材料としてご活用ください。
【給与計算の4つの選択肢 メリット・デメリット比較】
選択肢 | メリット | デメリット | 費用感の目安 |
社労士 | ・社会保険・労働保険手続きまで一括で任せられる ・労働法規に関する専門的な労務相談が可能 ・法改正への対応が迅速かつ正確 ・助成金の提案・申請につながる可能性がある | ・年末調整の申告代行は不可 ・外部委託のコストがかかる ・社内にノウハウが蓄積されにくい | 【基本料金+人数単価】 ・月額2万円~10万円程度 (従業員規模による) |
税理士 | ・年末調整までワンストップで依頼できる ・顧問税理士がいれば連携がスムーズ ・役員報酬や節税に関する税務相談も可能 | ・社会保険・労働保険の手続きは代行不可 ・労務相談は専門外 ・社内にノウハウが蓄積されにくい | 【基本料金+人数単価】 ・月額1万円~8万円程度 (社労士よりやや安い傾向) |
給与計算ソフト | ・専門家への依頼よりコストを抑えられる ・社内にノウハウを蓄積できる ・クラウド型なら法改正にも自動で対応 ・自社のルールを柔軟に設定可能 | ・初期設定や毎月の運用に手間と時間がかかる ・計算ミスやトラブルは自社の責任となる ・担当者の業務負担は残る ・社会保険手続きは自社で行う必要がある | 【初期費用+月額利用料】 ・月額数千円~数万円程度 (従業員数に応じた課金制が多い) |
自社対応 | ・導入費用やランニングコストが最も安い | ・計算ミスや法令違反のリスクが最も高い ・法改正の情報を自力で収集・反映する必要がある ・業務が属人化しやすく、担当者不在時のリスクが大きい ・セキュリティ面に不安がある | なし (ただし、担当者の人件費や見えないリスクコストは発生) |
これまで解説したメリット・デメリットを踏まえ、具体的にどのような状況で社労士への給与計算依頼を検討すべきなのでしょうか。ここでは、多くの企業が直面する3つの代表的なケースをご紹介します。自社の状況と照らし合わせ、専門家への依頼を判断する参考にしてください。
ケース1:従業員が10名を超え、業務負担が限界に近い
従業員が10名を超えてくると、給与計算や社会保険手続きの量・複雑さが格段に増し、担当者の業務負担が限界に近づくことがあります。このタイミングは、社労士への外部委託(アウトソーシング)を検討すべき最初のサインです。
従業員数が増えると、以下のような課題が顕在化します。
- 手続きの頻発
従業員の入社・退社が頻繁になり、その都度、社会保険や雇用保険の資格取得・喪失手続きが発生する。 - 管理の複雑化
多様な雇用形態(正社員、パート、アルバイトなど)が混在し、勤怠管理や残業代計算が複雑になる。 - 担当者の疲弊
専任担当者がいない場合、他の業務と兼任している担当者が給与計算業務に追われ、コア業務に支障が出始める。
このような状況で社内対応を続けると、ヒューマンエラーによる計算ミスや手続き漏れのリスクが高まります。社労士に給与計算と関連手続きをまとめて依頼することで、担当者は煩雑な定型業務から解放され、より付加価値の高い業務に集中できる体制を構築できます。
ケース2:初めて従業員を雇用したが、手続きが複雑で分からない
会社を設立し、初めて従業員を雇用するタイミングは、今後の労務管理の土台を築く上で非常に重要です。しかし、具体的に何をすべきか分からず、不安を感じる経営者の方は少なくありません。このような初期段階こそ、専門家である社労士に依頼するメリットが最も大きいと言えます。
初めて従業員を雇用する際には、給与計算の準備だけでなく、以下のような多岐にわたる手続きが法律で義務付けられています。
- 労働保険関係成立届の提出
- 社会保険(健康保険・厚生年金保険)の新規適用事業所の手続き
- 雇用契約書の作成
- 労働者名簿・賃金台帳・出勤簿(法定三帳簿)の整備
これらの手続きを一つひとつ調べながら進めるのは多大な時間と労力がかかる上、最初の設定を誤ると、後々、未払い賃金の問題や従業員とのトラブルに発展するリスクがあります。
スタートアップ期に社労士と連携することで、これらの複雑な初期手続きを漏れなく、かつ正確に進めることが可能です。法令に準拠した労務管理の基盤を最初にしっかりと構築しておくことが、将来の安定した事業運営と不要なリスクの回避につながります。
ケース3:IPO・資金調達など、労務体制強化が急務
IPO(株式上場)や外部からの資金調達を目指す企業にとって、法令を遵守した厳格な労務管理体制の構築は、避けて通れない必須条件です。このような企業の成長ステージにおいては、社労士による専門的なサポートが不可欠となります。
監査法人や証券会社、投資家は、企業の価値を評価する際に、労務管理の状況を厳しくチェックします(労務デューデリジェンス)。その過程で、以下のような問題が発覚すると、企業の信用力は大きく損なわれ、IPOの延期や資金調達の失敗に直結する可能性があります。
- サービス残業や未払い残業代の存在
- 社会保険の加入漏れ
- 就業規則や各種規程の不備
- 不適切な労働時間管理
社労士は、上場審査やデューデリジェンスで求められる基準に沿って、就業規則や賃金規程を整備し、労働時間管理の適正化や社会保険の加入状況などを客観的な視点で監査・指導します。
対外的な信用力を証明し、企業の健全な成長を加速させるために、労務体制の強化は急務であり、社労士の専門知識がその強力な支えとなります。
社労士に給与計算を依頼する際の費用は、企業の従業員数、依頼する業務の範囲、そして契約形態によって変動します。
料金体系は事務所によって様々ですが、一般的には「月額の基本料金」に「従業員数に応じた単価」を加算する方式が多くの事務所で採用されています。自社の状況に合った適正な費用感を把握するために、料金の目安と契約形態ごとの違いを理解しておきましょう。
基本料金+従業員人数による費用の目安
社労士事務所に給与計算代行を依頼する場合、最も一般的な料金体系は「基本料金+(従業員数×単価)」で算出される月額制です。
基本料金の相場 | 月額10,000円~30,000円程度 |
従業員単価の相場 | 1人あたり月額500円~1,500円程度 |
この相場を基に、従業員規模別の月額費用の目安を算出すると、以下のようになります。
【従業員規模別】給与計算の月額費用 目安
従業員数 | 月額費用の目安(概算) |
~10名 | 15,000円 ~ 45,000円 |
11名~30名 | 30,000円 ~ 75,000円 |
31名~50名 | 45,000円 ~ 105,000円 |
【注意点】
- 上記の金額は、あくまで毎月の給与計算業務に対する目安です。
- 賞与(ボーナス)計算、労働保険の年度更新、社会保険の算定基礎届などは、別途オプション料金として1〜2ヶ月分の月額費用相当額がかかるのが一般的です。
- 勤怠データの集計作業から依頼する場合や、特殊な勤務形態がある場合も、追加料金が発生することがあります。
正確な費用を知るためには、複数の社労士事務所から見積もりを取り、サービス範囲と料金の内訳を詳細に確認することが重要です。
スポット契約・顧問契約形態別の料金
社労士との契約形態は、大きく「顧問契約」と「スポット契約」の2つに分けられます。それぞれ料金体系やサポートの範囲が異なり、自社の状況に合わせて適切な契約形態を選ぶことが重要です。
給与計算に加えて、社会保険手続き、日々の労務相談、助成金に関する情報提供など、人事労務に関する業務を継続的に幅広くサポートしてもらう契約形態です。毎月定額の顧問料が発生し、給与計算費用が顧問料に含まれる場合と、別途オプションとして設定される場合があります。いつでも専門家に相談できる安心感が最大のメリットです。
顧問契約を結ばず、給与計算、労働保険の年度更新、社会保険の算定基礎届など、特定の業務が発生した都度、単発で依頼する契約形態です。必要な業務だけを依頼できるため、特に手続きの発生頻度が低い小規模な企業にとっては、年間のトータルコストを抑えやすいというメリットがあります。「まずは一度、専門家に依頼してみたい」というお試しでの利用にも適しています。
自社の規模や課題、手続きの発生頻度などを考慮し、どの契約形態が最も自社に適しているか検討しましょう。
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社労士との顧問契約の必要性・顧問料の相場・サポート内容・メリットデメリットを徹底解説
社労士に給与計算を依頼すると決めた後、スムーズに業務を移行するためには、一連の流れと注意点を把握しておくことが重要です。特に、依頼する業務範囲を事前に社内で明確にしておくことが、後のミスマッチを防ぐための最大のポイントとなります。
一般的な依頼の流れは以下の通りです。
- 問い合わせ・相談
: 複数の社労士事務所に連絡し、自社の状況(従業員数、業種など)を伝えて、サービス内容や見積もりについて相談します。 - 契約締結
: 提案内容や費用、担当者との相性などを比較検討し、依頼先を決定したら業務委託契約を結びます。 - 資料提供・初期設定
: 給与計算に必要な会社の規程や従業員情報を社労士に提供し、正確な計算を行うための初期設定を進めてもらいます。 - 業務開始
: 毎月の勤怠データを社労士に連携し、給与計算代行業務がスタートします。
この中で特に重要なのが、ステップ3の「資料提供」です。必要な情報が事前に整理されていることで、その後の業務開始までが非常に円滑に進みます。
依頼前に準備しておくべき情報・書類
社労士へ給与計算をスムーズに引き継ぐため、事前に以下の情報や書類を準備しておくと、その後の打ち合わせや初期設定が迅速に進みます。これらは、正確な給与計算を行うための基礎となる重要な資料です。
【依頼前に準備しておくと良い情報・書類チェックリスト】
□ 会社のルールに関する書類
- 就業規則・賃金規程
基本給、各種手当、割増賃金の計算方法など、給与計算の根拠となるルールを確認するために必須です。 - 36協定などの各種労使協定
時間外労働の上限時間など、残業代計算の前提となる条件を確認します。
□ 従業員に関する情報
- 労働者名簿
- 雇用契約書
- 扶養控除等申告書
- 社会保険・雇用保険の被保険者情報
□ 過去の給与・勤怠データ
- 過去数ヶ月分の給与台帳・給与明細
- タイムカードや出勤簿などの勤怠記録
これらの資料がすべて完璧に揃っていなくても、多くの社労士事務所では、現状をヒアリングしながら一緒に整理を進めてくれます。まずは手元にある資料を確認し、不足しているものがあれば相談してみましょう。
本記事では、給与計算を社労士に依頼するメリット・デメリットから、費用相場、税理士との違い、具体的な依頼の流れまで解説してきました。「専門家への依頼はコストがかかるし、まだ自社で対応できる」とお考えの小規模企業や個人事業主の方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、実際には経営者自身が多くの業務を兼任し、リソースが限られている小規模な事業者様こそ、社労士に給与計算を依頼するメリットは非常に大きいのです。
経営者や数少ない従業員が、毎月の煩雑な給与計算や社会保険手続きに時間を取られてしまうと、その分、本来注力すべき営業活動や商品開発、サービス向上といったコア業務の時間が失われてしまいます。
給与計算や労務手続きといったバックオフィス業務を専門家である社労士に任せることで、経営者は安心して本業に集中できます。これは単なる業務の効率化に留まらず、事業成長のスピードを加速させるための「時間への投資」と言えるでしょう。
特に、毎月の顧問契約は費用面でハードルが高いと感じる場合でも、必要な業務が発生したときだけ単発で依頼できる「スポット契約」は、小規模事業者にとって非常に有効な選択肢です。まずは年に一度の労働保険の年度更新や、従業員の入社手続き1件からでも、専門家のサポートを体験してみてはいかがでしょうか。
複雑な手続きは専門家に任せ、事業の成長に全力を注ぐ。そのための最適なパートナーとして、ぜひ社労士の活用をご検討ください。

全国のあらゆる社会保険手続きと労務相談を
「顧問料なしのスポット」で代行するWebサービス【社労士クラウド】
懇切丁寧 ・当日申請・全国最安値価格| 2,000社以上の社会保険手続き実績|