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【社労士監修】時間外労働60時間超の割増率変更への対応について

残業の割増賃金について

この記事を書いた人

松原HRコンサルティング

松原 熙隆

https://www.hayashino-sr.com/

大手社労士法人での25年にわたる勤務ののち2021年4月に独立開業。 松原HRコンサルティング(社会保険労務士事務所)の代表に就任。 様々な規模(従業員1人から1000人以上まで)や業種(外資系企業、エンタメ系企業、IT系企業)に対応しています。 豊富な経験を活かして、人事労務相談、就業規則作成、労基署・年金事務所の調査立ち合い、労務監査、 各種セミナー講師、人事賃金制度構築、社会保険・労働保険業務などに従事しています。

2023年4月に労働基準法の改正があり、時間外労働が60時間を超えた場合の割増賃金率が25%から50%に引き上げられました。

従来は、大企業だけがこの対象でしたが、中小企業も対象に加わりました。そのため、すべての企業が時間外労働60時間超の割増率変更への対応が必要となります。

とはいえ、労務管理に関することは複雑で改正も頻繁にありますので、どのような改正なのか、何をしたらいいのか分からない、などの疑問点について社労士が解説していきます。 既に施行日を過ぎておりますが、これから急いで対応する企業の方、既に対応済みだけれども漏れが無いか不安な企業の方の参考になれば幸いです。

法改正の概要

大企業では2010年4月から時間外労働が60時間を超えた場合の割増賃金率が50%でしたが、今回の法改正により、2023年4月から中小企業も対象になりました。よって、すべての企業がこの割増賃金率変更の対象となります。

改正時期

  2023年4月1日から

対象

 中小企業

何が変わるか

 時間外労働が月60時間を超えた場合の割増賃金率が25%から50%に変更 (労働基準法第37条、第138条)

時間外労働が月60時間を超えた場合の割増賃金率

(引用:厚生労働省・中小企業庁パンフレット

具体的に、時間単価が1,000円の場合を例として、割増賃金率と時間単価を表にしてみました。赤線の部分が今回の法改正事項です。

労働時間、時間外労働割増賃金率時間単価
法定内時間外労働 1日8時間、1週40時間まで0%1,000円
法定時間外労働、法定外(所定)休日労働 1日8時間、1週40時間超で月60時間まで25%1,250円
法定時間外労働、法定外(所定)休日労働 月60時間超50%1,500円
法定休日労働35%1,350円
深夜労働25% 250円
注意

東京都最低賃金(2022.10.1)は1,072円です。分かりやすさのために時間単価1,000円としておりますので予めご了承ください。(最低賃金を下回って良いという意図ではありません。)

チェックリスト

今回の法改正について対応すべき事項をチェックリスト形式にしてまとめました。以下、それぞれの項目について解説していきます。

チェック項目ポイント
1御社は中小企業ですか?中小企業は対応が必要です。
2代替休暇を導入するか?導入は任意です。
31日の所定労働時間は8時間か?法定「内」の労働時間と法定「外」の労働時間の関係を理解したか?
4就業規則を改定したか?割増賃金に関する事項は就業規則の絶対的記載事項です。
5給与(賃金)規程で休日労働の割増賃金率はどうなっているか?法定休日労働と法定外(所定)休日労働の割増賃金率は分かれているか?
6勤怠システム、給与計算システムの対応を実施したか?時間外労働と60時間超の時間数の表示方法の確認。

中小企業とは?

「中小企業」は、①資本金の額または出資の額または②常時使用する労働者数のどちらかに該当するかどうかで決まります(①②の両方不該当は大企業)。労働者数は、事業場単位ではなく企業単位で判断されます。

業種①資本金の額または出資の額②常時使用する労働者数
小売業5,000万円以下または50人以下
サービス業5,000万円以下または100人以下
卸売業1億円以下または100人以下
その他3億円以下または300人以下

代替休暇とは?(任意)

代替休暇とは労働者の健康確保の観点から、特に長い時間外労働をさせた労働者に休息の機会を与えることを目的として、1か月について60時間を超えて時間外労働を行わせた労働者について、労使協定により、法定割増賃金率の引上げ分の割増賃金の支払に代えて、有給の休暇を与えることができることとした制度です。

代替休暇は任意の制度のため、導入してもしなくてもどちらでも構いません。

導入する場合、労使協定の締結と就業規則の定めが必要です。

下記の図の③の60時間を超えた時間外労働の25%の割増賃金の支払にかえて、有給の休暇を従業員の希望で取得することが可能になります。なお、制度のしくみは、かなり複雑であるため、導入を検討したい場合、専門家にご相談することをおすすめします。

時間外労働が月60時間を超えた場合の割増賃金率

労働時間と休日

時間外労働

  • 法定時間外労働と法定「内」時間外労働

労働基準法では、休憩時間を除き1週間について40時間、1日について8時間を超えて働かせてはならないことと定められています。労働基準法でいう「時間外労働」とは、この時間を超えて働かせることをいいます。なお、時間外労働をさせるためには、時間外労働・休日労働に関する協定届を労働基準監督署へ届け出しておかなければなりません。また、臨時突発的な事情があり、月45時間・1年360時間を超える場合には、特別条項付きの時間外労働・休日労働に関する協定届を締結し労働基準監督署へ届け出する必要もあります。

これに対して、例えば所定労働時間が9時~17時(休憩1時間、実労働7時間)の会社の場合、17時から18時までは、会社の所定労働時間という観点からは残業ですが、労働基準法上の時間外労働には該当しないため、正式な呼び名があるわけではないですが、法定「内」時間外労働という言い方をすることが多いです。雇用契約上の労働時間を超過しているので超過分の賃金支払が必要ですが、労働基準法上は割増率不要となっています。

休日労働

  • 法定休日労働と法定外休日労働

労働基準法では、休日について「使用者は労働者に対して、毎週少なくとも1回の休日をあたえなければならない。」と定められています。これを法定休日といいます。それ以外の休日には正式な呼び名があるわけではないですが、法定外休日という言い方をすることが多いです。

<休日とは>

項目休日
1労働基準法週1日与えなければならない。法定休日を指す。
2世間一般的な考え方土日祝日など
3会社就業規則等で定める
会社の休日

就業規則等で定めた日が会社の休日となります。サービス業などでは、土日祝日は稼ぎ時のため労働日、その他の曜日(例えば火・水)を休日と設定することが多いです。

休日労働

労働基準法では法定休日に労働させた場合を指します。単に会社の休日に労働させた場合が、必ずしも労働基準法の休日労働に該当するとは限りません。

整理すると、今回の60時間超の時間外労働に該当する時間は、以下のとおりです。

「該当する」 

時間外労働、法定「外」休日労働

「該当しない」

法定休日労働、法定「内」時間外労働

就業規則の改定

就業規則を定める必要のある10人以上の規模の企業の場合、「賃金の決定、計算および支払の方法」に関する定めは就業規則へ必ず記載する必要があるため、今回の法改正事項を就業規則等(賃金に関する事項)に定め、従業員へ周知したうえで労働基準監督署へ届出する必要があります。

就業規則等改定時のポイントは以下のとおりです。

法定内労働時間数の取り扱い

所定労働時間が8時間未満の場合の法定内労働時間の割増賃金率はどうなっているか  

法定内労働時間の割増率を通常の時間外労働の割増賃金率にしている場合 

休日勤務時間数の取り扱い

法定休日労働とそれ以外の休日労働の時間数の区分

法定休日の特定

特定することは義務ではありませんが、厚生労働省の方針・事務の簡便化からは望ましい

1週間の起算日

特定することは義務ではありませんが、厚生労働省の方針・事務の簡便化からは望ましい

運用面

勤怠システムで対応可能か、給与計算システムで対応可能かの事前確認が必要

自社の勤怠管理が就業規則と整合性が取れているか

勤怠システムでの表示時間との整合性は取れているか

就業規則の規定例

就業規則の規定例を少しご紹介します。下赤線部分が改定事項となります。所定労働時間が8時間未満の会社で法内残業の割増率を良くしている場合や休日労働の割増率を一本化している場合など特殊な対応が必要となります。

就業規則規定例1(通常の例 法律に沿った定め)

第●条(割増賃金)


 従業員が時間外、休日、深夜に勤務したときは、次の計算式により割増賃金を支給する。


  (1)法定内時間外勤務手当 (基準内給与÷月平均所定労働時間)×1.00×時間数


  (2)法定外時間外勤務手当および所定休日勤務手当のうち月60時間以下
  (基準内給与÷月平均所定労働時間)×1.25×時間数


  (3)法定外時間外勤務手当および所定休日勤務手当のうち月60時間超
  (基準内給与÷月平均所定労働時間)×1.50×時間数


  (4)法定休日勤務手当
  (基準内給与÷月平均所定労働時間)×1.35×時間数


  (5)深夜勤務手当(午後10時から翌午前5時まで)
  (基準内給与÷月平均所定労働時間)×0.25×時間数

メモ

厚生労働省のサンプルは、こちらの定め方になっています。この定め方の場合はあまり改定作業は難しくありません。

就業規則規定例2-1(所定労働時間1日7.5時間 法内残業も1.25の定め 60時間超は所定超の時間数)

第●条(割増賃金)

従業員が時間外、休日、深夜に勤務したときは、次の計算式により割増賃金を支給する。


  (1)時間外勤務手当および所定休日勤務手当のうち月60時間以下
  (基準内給与÷月平均所定労働時間)×1.25×時間数


  (2)時間外勤務手当および所定休日勤務手当のうち月60時間超
  (基準内給与÷月平均所定労働時間)×1.50×時間数


  (3)法定休日勤務手当
  (基準内給与÷月平均所定労働時間)×1.35×時間数


  (4)深夜勤務手当(午後10時から翌午前5時まで)
  (基準内給与÷月平均所定労働時間)×0.25×時間数

 ★規定例2-1のポイント

事務効率化のため、法内残業を1.25の割増賃金率で計算している例です。月60時間超の割増賃金率についても、法を上回る措置で行う例。法を上回る割増賃金率なので特に問題ありません。(30分×月約20日→約10時間相当分多く支払)

就業規則規定例2-2(所定労働時間1日7.5時間 法内残業も1.25の定め 60時間超は法律どおり)※一部のみ抜粋

  (1)時間外勤務手当および所定休日勤務手当のうち法定時間外労働が月60時間以下
  (基準内給与÷月平均所定労働時間)×1.25×時間数


  (2)時間外勤務手当および所定休日勤務手当のうち法定時間外労働が月60時間超
  (基準内給与÷月平均所定労働時間)×1.50×時間数

★規定例2-2のポイント 法内残業を1.25の割増賃金率で計算。月60時間超の割増賃金率については、法律どおりで行う例。所定労働時間を超えた時間と法定時間外労働時間の両方を管理しなければならないため、勤怠システム等で対応可能かの事前確認が必要です。

メモ

★その他、休日労働時の割増率を一律135%で対応している場合にも、注意事項があります。法定外(所定)休日労働は、時間外労働と同じ扱いのため、125%の支払いが必要になります。

「法定休日労働」・・・135%  「法定外(所定)休日労働」・・・125%

法改正前は、これらを区別せず135%を支払っていれば法律上は問題ありませんでしたが、

法改正後は、「時間外手当」と「法定外(所定)休日手当」の対象となる時間数を合計して60時間を超過した場合の取扱いについても考慮する必要があります。就業規則を改定する際にこのあたりにも注意していただく必要があります。

勤怠管理

最近では、勤怠管理システムを利用して労働時間を把握しているケースが増えてきています。まずは、勤怠管理システムが今回の法改正に対応しているかをシステム会社に確認するようにしましょう。

次に、以下の項目について確認しましょう。

時間外労働と深夜労働の時間数の表記の仕方を確認

  • 例:9時始業18時終業の会社で、18時から23時まで5時間の時間外労働
  1. 時間外労働5時間×125% + 深夜勤務1時間×25%
  2. 時間外労働4時間×125% + 深夜残業1時間×150%

  ★計算結果は同じですが、表示される時間数などが異なります。

時間外労働が月60時間を超えた場合の割増賃金率
時間外労働が月60時間を超えた場合の割増賃金率

上記を踏まえて60時間超の時間数の表記の仕方を確認

  • ダミーの勤怠実績を入力し、意図したとおりに正しく反映されるかを確認
  • 勤怠データの抽出が意図したとおりにできるかを確認
  • 給与計算システムとの連携ができるかを確認
  • 60時間超の時間数の表示を深夜労働の時間数の表示に合わせる方が分かりやすい

所定休日を法定休日の割増率で支払う取り扱いに注意

  • 法定休日労働時間とそれ以外の休日労働時間を分けて抽出できるかを確認
  • 自社の就業規則、給与(賃金)規程の定めに従い、正しく勤怠データが抽出できるかを確認

給与計算

給与計算を行うに際し、確認しておく事項は以下のとおりです。

  • 給与計算システムへ勤怠項目名の追加

 項目定義の確認

 連絡方法の確認(給与ベンダー、社内担当者)

  • 給与計算システムへ勤怠項目名の追加

 項目定義の確認

 連絡方法の確認(給与ベンダー、社内担当者)

  • 給与計算に正しく反映するか

 ダミーデータでのテストを実施することが望ましい

Q&A

締め日が施行日をまたぐ場合
当社は、給与の締め日が15日締めで当月25日払いです。勤怠の締めも同様です。この場合、締め日が施行日をまたぎますが、2023年4月からの割増賃金率の変更はどうなりますか?
4月1日以降の時間外労働で判断します。
法施行日の2023年4月1日以降の時間外労働を集計して60時間を超過していた場合に該当します。例えば、2023年3月16日から3月31日までの時間外労働が40時間、4月1日から4月15日までの時間外労働が40時間であった場合には該当しないことになります。
1ヵ月60時間の時間外労働の算定と法定休日
当社は、土日休みで、法定休日が日曜日です。
日曜日に労働し、同一週の土曜日は労働しなかった場合、割増賃金計算の際には日曜日を法定休日と取り扱い、日曜日の労働時間数を「1ヵ月60時間」の算定に含めなくてもよいか?
含めなくて良い
法定休日が特定されている場合、割増賃金計算の際には特定された休日を法定休日として取り扱い、「1ヵ月60時間」の算定に含めなくてもよい。
法定休日が特定されていない場合で、暦週(日から土)の日曜日と土曜日の両方に労働した場合、割増賃金計算の際には、どちらを法定休日労働として取り扱うことになるのか?
土曜日が法定休日労働となる
法定休日が特定されていない場合に暦週のすべてで労働したときは、後順に位置する土曜日の労働が法定休日労働となります。

いかがでしたでしょうか?

必要な事項をまとめると以下のとおりです。漏れが無いようにしましょう。

・代替休暇(任意)を導入するかを検討する

・労働基準法の労働時間、時間外労働、休日労働の考え方を理解する

・就業規則を改定する

・勤怠、給与計算の実務対応を確認する

残業があまり多くない会社であれば、就業規則を改定するだけで実務的にはあまりすることはありません。

残業が多い会社であれば、特別条項付きの36協定が提出されているかを確認しておきましょう。また、法改正への対応はもちろん必要となりますが、長時間労働の削減対策をあわせて行うことも重要です。人手不足が叫ばれる昨今、残業が少なく働きやすい会社にしていくことは益々大事なこととなってきますので、取り組みを進めていくようにしましょう!

我々社会保険労務士が労務管理の改善のお手伝いをいたします!