昇給や降給で従業員の給与が大きく変動したとき、「標準報酬月額に2等級以上の差」が生じていないかを確認することは、社会保険の実務において重要なポイントです。
この“2等級以上の差”は、社会保険料を見直す「随時改定(月額変更届の提出)」が必要になるかどうかを判断するための、3つの要件のうちの1つでもあります。
しかし実務では、「2等級ってどうやって数えるの?」「どこまで差が出たら手続きが必要?」「具体的にどんな届け出が必要?」といった疑問に直面する方も多いのではないでしょうか。
本記事では、「標準報酬月額の2等級以上の差」とは何か、判断の基準や等級の確認方法、そして随時改定が必要となるケースや手続きの流れを、事例を交えてわかりやすく解説します。
社会保険の実務担当者や中小企業の経営者の方が、手続きミスや遅れを防ぐために知っておくべき知識を整理していますので、ぜひ最後までご覧ください。

生島社労士事務所代表
生島 亮
いくしま りょう
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従業員の昇給や降給にともなう社会保険料の手続きを理解する上で、「標準報酬月額の2等級以上の差」は非常に重要なキーワードです。このキーワードを正しく理解するためには、まずその背景にある「標準報酬月額」「等級」「随時改定(=月額変更届の提出)」という3つの基本要素を押さえる必要があります。
社会保険料は、実際の給与額ではなく「等級」と呼ばれる区分に基づいて算出されるため、等級の仕組みや変更ルールを理解しておくことが重要です。
ここでは、標準報酬月額とは何か、等級ごとの違いや「随時改定」が必要となる仕組みについて、実務に役立つ視点から詳しく解説していきます。
社会保険料の計算に使う「標準報酬月額」とは?
標準報酬月額とは、健康保険料や厚生年金保険料といった社会保険料を計算するための「基準となる月々の報酬額」のことです。 従業員に支払われる給与は、残業手当などで毎月変動しますが、その都度保険料を計算し直すのは実務上、非常に煩雑になります。
そこで、実際の給与(報酬)を、あらかじめ設定された一定の幅で区切られた「等級」に当てはめて標準報酬月額を決定し、社会保険料の計算を簡素化する仕組みが採用されています。
この標準報酬月額は、実際に支払われる給与の額面そのものではなく、あくまで保険料計算のために定められた「みなしの月額報酬」であると理解することが重要です。なお、計算の基礎となる「報酬」には、基本給だけでなく、役付手当、通勤手当、住宅手当といった各種手当も含まれるため注意が必要です。
健康保険・厚生年金の等級数とその違い
標準報酬月額の等級は、健康保険と厚生年金保険でそれぞれ上限額や等級の数が異なります。具体的には、健康保険の方がより多くの等級に分かれており、高額な報酬までカバーできるよう設定されています。
■健康保険と厚生年金保険の等級の違い
保険の種類 | 等級の範囲 | 等級数 |
健康保険(協会けんぽの場合) | 第1級(5万8千円)~第50級(139万円) | 全50等級 |
厚生年金保険 | 第1級(8万8千円)~第32級(65万円) | 全32等級 |
このように等級数が異なるのは、それぞれの保険制度が持つ目的(医療給付や老後の年金給付など)や財源が違うためです。
実務では、1人の従業員に対して健康保険と厚生年金保険で異なる等級が適用されることはありませんが、それぞれの制度で等級の上限が違う点は覚えておきましょう。
なぜ給与が変わると「随時改定」が必要なの?定時決定との違い
昇給や降給によって従業員の給与(固定的賃金)が大幅に変動した場合、実際の報酬額と社会保険料の計算基礎となる標準報酬月額との間に大きな乖離が生じるのを防ぐため、「随時改定」という手続きが必要になります。
社会保険料の標準報酬月額は、原則として年に一度、4月・5月・6月の給与額の平均をもとに、その年の9月から翌年8月までの1年間の金額を決定します。この定期的な見直しを「定時決定」といいます。
算定基礎届とは?対象者や提出期限、作成時の注意点をわかりやすく解説
しかし、定時決定だけでは、大幅な給与変動があった際に、実態とかけ離れた保険料を長期間にわたって納め続けることになり、不公平が生じます。
例えば、大幅に給与が下がったのに高い保険料を払い続けるのは従業員にとって大きな負担です。また、傷病手当金や将来の年金額も標準報酬月額に基づいて計算されるため、実態に合った標準報酬月額に速やかに修正することは、従業員のセーフティネットを守る上でも非常に重要です。このため、定時決定を待たずに臨時で標準報酬月額を見直す「随時改定」(月額変更とも呼ばれます)という仕組みが設けられているのです。
■定時決定と随時改定の比較表
項目 | 定時決定(算定基礎届) | 随時改定(月額変更届) |
目的 | 全従業員の標準報酬月額を年1回見直す | 大幅な給与変動があった従業員の標準報酬月額を臨時で見直す |
タイミング | 毎年7月に算定(9月から適用) | 固定的賃金変動後、条件を満たした場合に随時行う |
対象者 | 原則、全被保険者 | 3つの条件を全て満たした被保険者 |
算定基礎 | 4月、5月、6月の報酬の平均額 | 固定的賃金変動後の継続した3ヶ月間の報酬の平均額 |
等級ごとの保険料差を確認しよう(例付き)
標準報酬月額の等級が1つ変わるだけでも、従業員と会社が負担する社会保険料の合計額は、年間で決して小さくない差額になります。この金銭的なインパクトを理解することが、「2等級以上の差」という基準の重要性を把握する鍵となります。
例えば、東京都の協会けんぽに加入する40歳未満の従業員の標準報酬月額が、昇給によって1等級上がった場合の保険料(本人負担分)の変動を見てみましょう。(※保険料率は2025年度(令和7年度)のものと仮定)
【例:標準報酬月額が26万円から28万円に1等級上がった場合】
項目 | 変更前 標準報酬月額:260,000円 (健保20等級/厚年17等級) | 変更後 標準報酬月額:280,000円 (健保21等級/厚年18等級) | 差額(月額) |
健康保険料(本人負担) | 12,883円 | 13,874円 | +991円 |
厚生年金保険料(本人負担) | 23,790円 | 25,620円 | +1,830円 |
本人負担合計 | 36,673円 | 39,494円 | +2,821円 |
年間での本人負担増加額 | – | – | 33,852円 |
※上記は本人負担分のみですが、会社も同額を負担しているため、会社全体のコストインパクトはその倍になります。
この例のように、たった1等級の変動でも、従業員と会社を合わせた社会保険料負担は年間で約6万7千円増加します。
もし「2等級以上の差」が生じているにもかかわらず随時改定を行わなければ、実態との乖離がさらに大きくなり、従業員にも会社にも大きな影響を及ぼすことになるのです。
標準報酬月額とは?決め方や計算方法、調べ方を社労士がわかりやすく解説(簡易計算ツール付き)
昇給や降給によって社会保険料を見直す「随時改定」を行う際、最も重要な判断基準となるのが「標準報酬月額に2等級以上の差」が生じているかどうかです。しかし、この言葉だけでは具体的に何を指すのか、分かりにくいと感じる担当者の方も少なくありません。
「2等級以上の差」は、随時改定を行うための3つの要件のうちの1つに過ぎません。随時改定に該当するかどうかを正しく判断するためには、すべての要件を正確に理解しておく必要があります。
標準報酬月額2等級以上の差は随時改定の3要件のひとつ
随時改定を行うための最も中心的な要件が、「標準報酬月額に2等級以上の差が生じたこと」です。
具体的には、昇給や降給などがあった月以降の継続した3ヶ月間に支払われた報酬の平均月額を、保険料額表に当てはめて新しい標準報酬月額を算出します。
この新しい標準報酬月額と、改定前の標準報酬月額とを比較して、健康保険・厚生年金保険の等級に2段階以上の差がある場合、この要件に該当します。
重要な点として、この計算には基本給などの固定的賃金だけでなく、残業手当や能率給といった非固定的賃金も含まれます。
随時改定のその他の2要件(固定的賃金の変動・支払基礎日数)
「2等級以上の差」が生じていても、それだけで随時改定の対象となるわけではありません。以下の2つの要件も同時に満たしている必要があります。
随時改定のきっかけとなるのは、必ず固定的賃金の変動です。固定的賃金とは、稼働や能率に関係なく、毎月決まって支払われる報酬を指します。
◯固定的賃金の例
基本給(月給・日給・時間給など)、役付手当、勤務地手当、家族手当、住宅手当、通勤手当など
◯変動の例
昇給(ベースアップ)、降給(ベースダウン)、給与体系の変更(日給から月給へなど)、手当の新設・廃止・金額変更など
固定的賃金が変動した月以降の3ヶ月間、すべての月で報酬の支払基礎日数が17日以上なければなりません。 支払基礎日数とは、給与計算の対象となる日数のことで、月給制の場合は暦日数、日給・時給制の場合は出勤日数が該当します。
なお、パートタイマーなど短時間労働者の場合は、この要件が緩和され、支払基礎日数が11日以上となります。
社会保険の月額変更届(随時改定)とは?標準報酬月額の改定条件や手続き方法をわかりやすく解説!
3要件すべてを満たすと、月額変更届の提出が必要に
これまで解説した3つの要件、
① 固定的賃金の変動
② 標準報酬月額の2等級以上の差
③ 支払基礎日数が17日(または11日)以上
上記3つをすべて満たした場合に限り、事業主は「健康保険・厚生年金保険 被保険者報酬月額変更届」(通称:月額変更届)を管轄の年金事務所または事務センターへ速やかに提出する義務が発生します。
逆に言えば、一つでも要件を満たさない場合は、随時改定の対象とはなりません。
例えば、固定的賃金の変動がなく、残業代の増加だけで報酬が大幅に増えても、随時改定は行いません。この3つの要件を正しく理解し、すべてに該当するかどうかを確認することが、適切な労務管理の第一歩です。
随時改定の3つの要件を理解したら、次はいよいよ実務のステップです。自社の従業員が「標準報酬月額に2等級以上の差」に該当するかどうかを、正確に確認する具体的な方法を解説します。
一見複雑に感じるかもしれませんが、手順に沿って一つひとつ確認すれば、事業主や人事担当者の方でも正しく判断することが可能です。
標準報酬月額の算出方法(月平均の算出ルール)
随時改定の基準となる新しい標準報酬月額は、固定的賃金が変動した月以降、継続する3ヶ月間に支払われた報酬の平均月額を基に算出します。
まず、対象となる従業員の、固定的賃金が変動した月から3ヶ月間に支払われた報酬(基本給や諸手当だけでなく、残業手当など変動的な賃金もすべて含みます)の合計額を計算します。次に、その合計額を3で割って、報酬の平均月額を算出してください。
◯ 計算式
報酬月額の平均額= (変動月から1ヶ月目の報酬額 + 2ヶ月目の報酬額 + 3ヶ月目の報酬額) ÷ 3
ただし、3ヶ月のうちに報酬の支払基礎日数が17日(短時間労働者は11日)未満の月がある場合は、その月を計算から除外します。 例えば、2ヶ月目の支払基礎日数が16日だった場合は、1ヶ月目と3ヶ月目の報酬の合計を2で割って平均額を算出します。
等級の確認方法と「2等級差」の数え方
報酬の平均月額が算出できたら、次に「等級」を確認し、2等級以上の差があるかを判定します。
まず、給与明細や「標準報酬決定通知書」などで、従業員の現在の標準報酬月額と、対応する健康保険・厚生年金保険の等級を確認します。
次に、先ほど算出した「報酬月額の平均額」を、事業所の所在地がある都道府県の「健康保険・厚生年金保険の保険料額表」に当てはめて、どの等級に該当するかを確認します。
保険料額表は、全国健康保険協会(協会けんぽ)や加入している健康保険組合のウェブサイトで最新のものを確認できます。
下記の社会保険料が計算できる簡易シミュレーションツールで標準報酬月額と等級が確認できます。
社会保険料の計算シミュレーション!自動計算ツール(給与・賞与)と早見表【2025年版】
【保険料額表(等級表)の見方】 (東京都・令和7年度の場合の抜粋)
等級(健保/厚年) | 標準報酬月額 | 報酬月額の範囲 |
20等級 / 17等級 | 260,000円 | 250,000円~270,000円 |
21等級 / 18等級 | 280,000円 | 270,000円~295,000円 |
22等級 / 19等級 | 300,000円 | 295,000円~310,000円 |
報酬月額の平均額が「305,000円」だった場合、上表の「報酬月額の範囲」を見ると「295,000円~310,000円」の区分に該当します。したがって、新しい標準報酬月額は「300,000円」、等級は健康保険で「22等級」、厚生年金保険で「19等級」となります。
参考:令和7年度保険料額表(令和7年3月分から) | 協会けんぽ | 全国健康保険協会
最後に、ステップ1で確認した現在の等級と、ステップ2で確認した新しい等級を比較します。等級が2つ以上、上がっているか、または下がっていれば、「2等級以上の差」に該当します。
例えば、現在の等級が「20等級」で、新しい等級が「22等級」になった場合、「22等級 – 20等級 = 2等級」となり、2等級の差が生じたと判断します。一方で、新しい等級が「21等級」の場合は1等級差のため、随時改定の要件には該当しません。
昇給・降給のケース別で見る判定例
具体的なケースで、随時改定の要件に該当するかどうかを見ていきましょう。
◯前提:基本給が25万円から28万円に昇給。現在の標準報酬月額は26万円(健康保険20等級)。
◯変動後の3ヶ月の報酬
- 1ヶ月目: 300,000円
- 2ヶ月目: 310,000円
- 3ヶ月目: 305,000円
◯判定
報酬月額の平均額 | (300,000 + 310,000 + 305,000) ÷ 3 = 305,000円 |
新しい等級 | 平均額305,000円は、標準報酬月額30万円(健康保険22等級)に該当します。 |
等級差の確認 | 現在の20等級から22等級へ、2等級の差が生じています。 |
◯結果:支払基礎日数の要件も満たせば、随時改定の対象となります。
◯前提:基本給が35万円から32万円に降給。現在の標準報酬月額は36万円(健康保険26等級)。
◯変動後の3ヶ月の報酬
- 1ヶ月目: 330,000円
- 2ヶ月目: 335,000円
- 3ヶ月目: 325,000円
◯判定
報酬月額の平均額 | (330,000 + 335,000 + 325,000) ÷ 3 = 330,000円 |
新しい等級 | 平均額330,000円は、標準報酬月額34万円(健康保険25等級)に該当します。 |
等級差の確認 | 現在の26等級から25等級へ、1等級の差しかありません。 |
◯結果:2等級以上の差がないため、随時改定の対象とはなりません。
随時改定が必要かどうかチェックリスト
随時改定の要否判断に迷った際は、以下の3ステップで最終確認を行いましょう。
3つのステップすべてに「はい」と答えられる場合に、月額変更届の提出が必要になります。
Step1:固定的賃金の変動があったか? □ はい / □ いいえ
昇給・降給、住宅手当や通勤手当の金額変更など、毎月決まって支払われる報酬に変動はありましたか?
Step2:変動後3ヶ月の支払基礎日数は17日以上か? □ はい / □ いいえ
固定的賃金が変動した月以降、継続する3ヶ月間、すべての月で給与支払の基礎となる日数が17日(短時間労働者は11日)以上ありますか?
Step3:標準報酬月額に「2等級以上の差」があるか? □ はい / □ いいえ
変動後3ヶ月の報酬の平均額から算出した新しい標準報酬月額と、現在の標準報酬月額の等級を比較して、2等級以上の差がありますか?
標準報酬月額に2等級以上の差があっても届出が不要なケース
原則として、随時改定は「標準報酬月額に2等級以上の差」が生じた場合に行いますが、計算上そうなったとしても、必ずしも月額変更届の提出が必要になるわけではありません。
特に、給与変動の根本的な理由や、随時改定の3要件を正確に確認することが重要です。ここでは、届出が不要となる代表的なケースを解説します。
最低・最高等級に該当し、等級が動かない場合
従業員の標準報酬月額が、すでに健康保険または厚生年金保険の等級表における上限(最高等級)または下限(最低等級)に該当している場合、それ以上の報酬変動があっても等級が変わらないため、随時改定は行われません。
例えば、健康保険の標準報酬月額がすでに最高等級である第50級(139万円)に達している従業員の報酬がさらに昇給しても、等級は第50級のままです。 このように、等級の変動自体が発生しないため、「2等級以上の差」という要件を満たすことがなく、随時改定の対象とはなりません。
固定的賃金以外の変動(残業代・歩合給など)のみ
随時改定の対象となるのは、あくまで固定的賃金(基本給や役職手当など)に変動があった場合に限られます。
そのため、固定的賃金には一切変更がなく、残業代やインセンティブ、歩合給といった非固定的賃金の増減のみを理由として、結果的に3ヶ月の平均報酬月額が2等級以上変動したとしても、随時改定の対象にはなりません。
これは実務で非常に間違いやすいポイントです。繁忙期で残業が大幅に増えた月があっても、基本給などの固定的賃金が変わっていなければ、月額変更届を提出する必要はないと覚えておきましょう。
3要件すべてを満たしていない場合
随時改定は、これまで解説した3つの要件(①固定的賃金の変動、②2等級以上の差、③支払基礎日数が17日以上)をすべて満たして初めて対象となります。したがって、たとえ報酬月額に2等級以上の差が生じていても、他の要件が欠けていれば届出は不要です。
特に、以下のようなケースは注意が必要です。
- 固定的賃金の変動と報酬全体の変動方向が逆の場合 例えば、「基本給は上がった(固定的賃金の増)」が、「残業が大幅に減った」ため、結果として3ヶ月の平均報酬月額は以前より下がり、2等級以上の差が生じた、というケースがあります。この場合、固定的賃金の変動方向(増)と報酬全体の変動方向(減)が一致しないため、随時改定の対象とはなりません。
支払基礎日数が17日未満の月がある場合 固定的賃金の変動があった月以降の3ヶ月間のうち、1ヶ月でも支払基礎日数が17日(短時間労働者は11日)に満たない月がある場合は、随時改定の対象となりません。
原則として「2等級以上の差」が随時改定の条件ですが、制度の公平性を保つため、いくつかの例外的なケースでは2等級未満の差でも随時改定が必要となる場合があります。
等級表の上限・下限にあたる場合の特例
標準報酬月額の等級表には上限と下限が設けられています。従業員の等級がこの上限または下限の等級に該当する場合、2等級以上の差が生じなくても随時改定の対象となる特例があります。
物理的に2等級分の変動が不可能であっても、実質的に大きな報酬変動があったとみなして、実態に合わせて保険料を改定するための措置です。
昇給の場合 | 従前の等級が31等級(62万円)の人が、報酬の平均月額が66万5千円以上となり、32等級(65万円)に該当した場合(1等級差でも改定対象) |
降給の場合 | 従前の等級が2等級(9万8千円)の人が、報酬の平均月額が8万3千円未満となり、1等級(8万8千円)に該当した場合(1等級差でも改定対象) |
昇給の場合 | 従前の等級が49等級(133万円)の人が、報酬の平均月額が141万5千円以上となり、50等級(139万円)に該当した場合(1等級差でも改定対象) |
降給の場合 | 従前の等級が2等級(6万8千円)の人が、報酬の平均月額が5万3千円未満となり、1等級(5万8千円)に該当した場合(1等級差でも改定対象) |
高額な報酬を受け取る役員や、社会保険に加入している非常勤役員、最低等級に近い報酬の従業員などに給与変動があった際は、この特例に該当しないか確認が必要です。
実務で見落とされがちな注意ポイント
随時改定の判断では、上記以外にも実務担当者が見落としやすい、あるいは判断に迷いやすいポイントがいくつか存在します。ここでは特に重要な3つの注意点を解説します。
就業規則などに基づき、過去にさかのぼって昇給が決定され、数ヶ月分の昇給差額が一括で支払われることがあります。この場合、差額が支払われた月を「固定的賃金が変動した月(起算月)」として随時改定の判断を行います。ただし、計算に用いる3ヶ月間の報酬額からは、支払われた昇給差額分を控除して平均額を算出する必要があります。
残業時間の増減だけでは随時改定の対象になりませんが、時間外労働手当の支給単価(割増率)そのものが変更された場合は、固定的賃金の変動とは性質が異なりますが、賃金体系の変更とみなされ、随時改定の対象となります。 これは非常に見落としやすいポイントのため、給与規定の変更時などには特に注意が必要です。
従業員が私傷病による休職で低額な休職給を受けている期間は、随時改定の対象とはなりません。しかし、休職期間が終了し、通常の給与支払いに戻った場合は、報酬額が元に戻る(増える)ため、固定的賃金の変動があったとみなされます。その復帰した月を起算月として3ヶ月間の報酬で判断し、休職前の等級と比較して2等級以上の差が生じれば、随時改定の対象となります。
随時改定の3つの要件をすべて満たしていることを確認できたら、事業主は速やかに所定の手続きを行わなければなりません。
この手続きは、法律で定められた事業主の義務です。正しい手順と注意点を理解し、遅延やミスなく届け出ることで、将来のトラブルを未然に防ぐことができます。
月額変更届の提出タイミングと提出先
随時改定の要件を満たした場合、事業主は「健康保険・厚生年金保険 被保険者報酬月額変更届」(通称:月額変更届)を作成し、速やかに提出する必要があります 。
法律上、「〇日以内」といった明確な期限は定められていませんが、「速やかに」とされているのは、届出が遅れると保険料の算定にズレが生じ、後々の訂正手続きが煩雑になるためです。
固定的賃金の変動があった月から4ヶ月目には新しい標準報酬月額が適用されるため、それに間に合うように準備を進めましょう。
提出先 | 事業所の所在地を管轄する年金事務所または事務センターです 。 |
提出方法 | 郵送、窓口持参のほか、**電子申請(e-Govなど)**も可能です 。 |
届出を出し忘れた場合のリスクと対応策
月額変更届の提出を失念したり、遅れたりした場合は、いくつかのリスクが生じるため、速やかな対応が求められます。
【主なリスク】
- 保険料の遡及訂正と追徴
- 煩雑な事務処理
- 従業員の不利益
届出を忘れていたことに気づいた場合は、判明次第、直ちに月額変更届を提出してください。その際、提出が遅れた理由や経緯を年金事務所に説明し、その後の対応について指示を仰ぐことが重要です。
このような提出漏れを防ぐためには、社内で給与改定や手当の変更があった際に、必ず随時改定のチェックを行うフローを確立しておくことをお勧めします。
月額変更届(随時改定)を申請しなかったらどうなる?出し忘れた場合の罰則と対応方法を解説
随時改定の手続きを進めるにあたり、実務担当者の方からは多くの質問が寄せられます。特に、改定の適用タイミングや、年に一度の定時決定との関係は混同しやすいポイントです。
ここでは、よくある質問とその回答をまとめました。
新しい標準報酬月額はいつから適用される?
改定後の新しい標準報酬月額は、原則として、固定的賃金が変動した月から数えて4ヶ月目から適用されます。 この改定された標準報酬月額は、次の定時決定(通常は8月)まで、または再度随時改定が行われるまで有効です。
例えば、4月に昇給があり、4月・5月・6月の3ヶ月間の報酬で随時改定の要件を満たした場合、新しい標準報酬月額は7月から適用(7月改定)となります。
ただし、実際に給与から控除される社会保険料が変わるタイミングは、会社の給与計算の締め日・支払日サイクルによって異なるため注意が必要です。
当月徴収の企業 | 7月分の保険料を7月支給の給与から控除します。 |
翌月徴収の企業 | 7月分の保険料を8月支給の給与から控除します。 |
多くの企業は「翌月徴収」を採用しているため、従業員の手取り額に変動が反映されるのは、昇給があった月から4ヶ月後に支給される給与から、と覚えておくとよいでしょう。
社会保険料の変更はいつから?改定のタイミングや注意点を社労士がわかりやすく解説
昇給と定時決定のタイミングが重なったらどうなる?
毎年7月に行う定時決定(4月〜6月の報酬で算定)の算定期間中に昇給があり、随時改定の要件にも該当した場合、原則として随時改定が優先されます。
例えば、4月に昇給があり随時改定の対象となった場合、7月から新しい標準報酬月額が適用されます。この場合、定時決定のための算定基礎届の提出は必要ですが、決定される標準報酬月額は、7月改定後のものがその後の保険料計算の基礎となります。
日本年金機構のルールでは、7月、8月、または9月に随時改定が行われる(または予定の)従業員は、その年の定時決定の対象からは外れる扱いとなります。
随時改定は、定時決定よりも迅速に実態を反映させるための制度であるため、タイミングが重なった場合は随時改定が優先されると理解しておきましょう。
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従業員に保険料の変更をどう説明すべき?
社会保険料の変更は、従業員の手取り額に直接影響するため、丁寧な説明が求められます。説明する際は、以下のポイントを伝えると、従業員の理解と納得を得やすくなります。
- 変更の理由を明確に伝える
- 具体的な金額の変動を示す
- メリットも併せて伝える
事前の説明なく給与明細だけで通知すると、従業員に「なぜ手取りが減ったのか」という不信感を与えかねません。可能であれば、給与支給前に一言伝えるのが望ましい対応です。
手続きに不安がある場合、社労士に相談すべきか?
結論として、随時改定の手続きに少しでも不安や疑問がある場合は、社会保険労務士(社労士)などの専門家に相談することをお勧めします。
特に以下のようなケースでは、専門家への相談を検討するとよいでしょう。
- 初めて随時改定の手続きを行う
- 固定的賃金と非固定的賃金の変動が絡むなど、判断が難しいケース
- 遡及して昇給差額を支払ったなど、計算が複雑な場合
- 届出を長期間忘れていたことが判明した場合
- 手続きに時間を割く余裕がなく、本業に集中したい場合
社労士に依頼することで、最新の法令に基づいた正確な手続きが保証され、届出漏れや計算ミスによるリスクを回避できます。顧問契約を結んでいなくても、算定基礎届や月額変更届の作成・提出だけを単発(スポット)で依頼できるサービスもあります。
正確かつ効率的な手続きで、会社のコンプライアンス体制を維持し、従業員との信頼関係を築くためにも、専門家の活用は有効な選択肢です。
従業員の給与に大きな変動があり、標準報酬月額に2等級以上の差が生じたとしても、すぐに月額変更届の手続きが必要だと判断するのは早計です。実務担当者がまず行うべきは、随時改定の対象となる以下の3つの要件を、一つひとつ正確に確認する作業です。
① 昇給・降給など固定的賃金の変動があったか
② 固定的賃金変動後の3ヶ月平均報酬が、現在の標準報酬月額と比べて2等級以上の差があるか
③ 報酬支払の基礎となった日数が、3ヶ月とも17日(短時間労働者は11日)以上あるか
この3つの要件は、すべてを満たして初めて随時改定の対象となります 。一つでも該当しない項目があれば、月額変更届を提出する必要はありません。
社会保険料の計算や手続きは、従業員の給与や将来の年金額にも影響を与える重要な業務です。随時改定のルールを正しく理解し、適切なタイミングで手続きを行うことが、法令遵守と従業員との信頼関係構築につながります。
もし判断に迷うケースや、手続きに不安がある場合は、無理に自己判断せず、管轄の年金事務所や社会保険労務士などの専門家に相談することを検討しましょう。
■ポイントまとめ
- 等級に2等級以上の差が出たら、随時改定の対象になる可能性あり
- ただし、他の2要件(固定的賃金の変動・支払基礎日数)も満たしているかを必ず確認
- 判断が難しい場合は、社労士などの専門家に相談するのも有効
社労士クラウドのスポット申請代行サービス
今回解説した随時改定(月額変更届)の手続きは、要件の判断が複雑で、専門的な知識が求められます。計算ミスや届出漏れは、保険料の追徴といったリスクにも繋がりかねません。
「随時改定の判断に自信がない…」「専門家に頼みたいが、顧問契約を結ぶほどの費用はかけられない…」 このようなお悩みをお持ちの事業主様や人事担当者様も多いのではないでしょうか。
そんな課題を解決するのが、「社労士クラウド」のスポット申請代行サービスです。 当サービスでは、今回解説した月額変更届(随時改定)の作成・提出代行をはじめ、社会保険手続きを必要な業務だけスポット(単発)でご依頼いただけます。
顧問契約は不要ですので、費用を抑えつつ、専門家である社会保険労務士のサポートを受けることが可能です。社労士が最新の法令に基づき、正確かつ迅速に手続きを代行することで、お客様は面倒な手続きから解放され、コア業務に集中いただけます。オンラインで全国どこからでもご依頼可能です。
随時改定の手続きでお困りの際は、ぜひ一度「社労士クラウド」のスポット代行サービスをご検討ください。

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