事業主の皆様にとって、従業員への給与支払いはとても身近な話題だと思いますが、2023年4月より、給与のデジタル払いが解禁になった、という話題を耳にした方も多いのではないでしょうか?
現在、いわゆる「~pay」で日々のお買い物や公共交通機関などを利用する際、デジタル払いで決済をする方も多く、利用できる場所も増えています。事業主の方でも従業員の方でも大変身近ですよね。
一方で、それが「給与の支払い」だったらどうでしょう?もしも事業主として従業員の給与を「●●pay」で支払うとなると、具体的にどんなことをしたらよいのか、なかなかイメージしにくいのではないでしょうか。
では、実際にどんな流れで、事業主は何をしなければならないのか、社会保険労務士が解説いたします。
生島社労士事務所代表
生島 亮
いくしま りょう
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2023年4月より、労使協定の締結等の必要な手続き等を経て、労働者の同意を得た場合に、厚生労働大臣の指定を受けた資金移動業者(「●●pay」など、銀行口座を介さず送金サービスを行うもの)の送金サービスを利用して、賃金支払(いわゆる給与のデジタル払い)ができることとなりました。
海外でもデジタル払いは浸透してきており、日本でもキャッシュレス決済の普及や送金手段の多様化などから、今回の解禁に至りました。
「デジタル払い」の導入の流れ
事業主の方から従業員の方へ、給与のデジタル払いが2023年4月からすぐにできるというわけではありません。
導入の流れは以下の通りです。
- 2023年4月から資金移動業者(●●payなどのサービスを提供する会社等)が厚生労働大臣に指定申請をします。
- 厚生労働省の審査(数ヵ月かかる見込みとのこと)が終わった「指定業者」が厚労省のウェブサイトに掲載されます。
- 給与のデジタル払いを導入する事業所が労働組合や労働者の過半数代表者等と対象労働者の範囲、指定資金移動業者の範囲等を記載した内容を決めて労使協定を締結します。
- 従業員へ内容を説明し、希望する労働者に対し、給与のデジタル払いをします。
給与のデジタル払いが可能な「●●Pay」とは?
給与のデジタル払いが可能な「●●pay」とは、銀行業ではなく、資金移動業を営む資金移動業者となります。資金移動業者とは、銀行等の金融機関以外で送金サービスを行う登録事業者のことを言います。
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銀行との違いは?
資金移動業は、適用される法律が銀行等の金融機関とは違うことや、取り扱う金額に上限があること、業務及び資本には制限がないことなどがあげられます。これまで資金移動業者による送金サービスは100万円が限度でしたが、2020年の法改正があり、100万円を超える高額送金も認可制で可能になっています。(※給与のデジタル払いでは口座の残高上限100万円まで、というきまりがあります)
給与のデジタル払いはすべての「●●pay」で可能?
給与のデジタル払いは、どの「●●pay」でも可能ではなく、「デジタル給与に対応している資金移動業者」は、厚生労働大臣が指定した資金移動業者の中から選択することとなっています。この厚生労働大臣からの指定を受けるためには、資金移動業者(●●pay)が、2023年4月以降に所定の書類等を厚生労働大臣へ提出し、厚生労働省の審査を経て指定資金移動業者になります。この指定資金移動業者が給与のデジタル払いとして利用可能な「●●pay」となります
給与のデジタル払いをすれば従業員の銀行口座は不要?
「●●pay」を賃金の支払いに選択しても、銀行口座は不要にはなりません。なぜなら、給与のデジタル払いで口座に送金できる額は100万円が上限となっており、100万円を超えた場合はあらかじめ登録された従業員の銀行口座や証券口座へ自動的に出金される仕組みになっています。
従業員は会社がデジタル払いをすると決めたら必ず●●payから給与を受け取らなければならないのか?
労働基準法24条及び同法施行規則第7条の2には、賃金の支払方法については通貨のほか、労働者の同意を得た場合には、銀行その他の金融機関の預金又は貯金の口座への振込み等によることができることとされています。デジタル払いについては支払方法の1つの選択肢です。
現在は現金手渡しを運用している会社は少なくなっており、銀行口座へ振り込むことがほとんどですが、デジタル払いについて労使共にどちらかから強制されて行うものではありません。
従業員への給与の支払いについては、労働基準法24条に以下のことが定められています。給与のデジタル払いを検討するに際し、大切な原則となりますので内容を理解したうえで導入を進めることが必要です。
賃金支払いの5原則
- 通貨払い
原則は流通している通貨で支払うこととなっていますが、2023年4月の法改正で、通貨ではない「●●pay」での支払いが可能となりました。(換金できないポイントで支払うことはもちろんできません。)
- 直接払い
本人へ直接支払うことが原則です。例えばAさんが同僚のBさんからお金を借りているからといって、Aさんのお給料をC社からBさんに払うということはもちろんできません。
- 全額払い
ミスをした分を相殺する等は法律違反となります。一方で税金等法律や労使協定等で定められたものを控除することは問題ありません。
- 一定期日払い
当月末日支払い、翌月10日支払いなど期日を決めなければなりません。第一水曜日等あいまいな期日は一定期日とは認められません。
- 月1回以上払い
毎月1回以上ですので、月に2回支払いでも3回支払いでも問題はありません。一方で、2か月分をまとめて1回で支払いする等はできません。
デジタル払いを普段活用している方からすれば、大変手軽でとても便利なイメージもありますが、これまで多くの方が利用していた給与振込口座であった銀行とは様々な違いがあります。
必ず従業員には以下については説明をしなければなりませんが、まずは事業主がその内容を理解することが必要です。そのうえで従業員の同意を得て、はじめて給与のデジタル払いが開始されることとなっています。また、本人が説明を受けて、「やはり給与はデジタル払いではなく銀行口座への振り込みが良い」といった場合は、無理に給与のデジタル払いを強要することは労働基準法に違反することとなりますので、注意が必要です。きちんと書面等で説明をし、同意を得ることが必要となります。
賃金支払い方法の選択肢をきちんと、すべて提示すること
事業主は従業員に対し、賃金支払方法の選択肢として現金又は「●●pay」等の給与のデジタル払い以外に、預貯金口座(銀行口座)又は証券総合口座への賃金支払方法も併せて提示をしなければなりません。
現金払いか「●●pay」等の給与のデジタル払いかの2つの選択肢のみを従業員へ提示することや、「●●pay」等の給与のデジタル払いを選ぶよう誘導する等実質的に従業員に給与のデジタル払いを賃金支払方法として強制している場合にも、事業主は労働基準法(昭和 22 年法律第 49 号)第 24 条違反となります。罰則の対象となり得るので、きちんとした説明及び選択肢を提示することは大変重要です。
「●●pay」等の給与のデジタル払いに使用するアカウントの口座の資金は、金融機関における預貯金口座の「預金」とは異なります。送金や決済等の「為替取引を目的」としたものなので、送金や決済等に利用しない資金を滞留させないため、従業員が「●●pay」等の給与のデジタル払いを希望する場合には、その賃金の範囲及び希望額等については、上記を念頭に置きながら、従業員本人の普段のデジタル払い利用実績や利用見込みを踏まえて決定するように理解促進が必要です。 また、希望額等の設定に当たっては、「●●pay」等の給与のデジタル払いを認められた指定資金移動業者が設定している1日当たりの払出上限額を設定している場合もありますので、利用規約等での確認が必要です。
「●●pay」等給与のデジタル払いの口座が受入れ上限額100万円を超えた場合の資金移動について
「●●pay」等給与のデジタル払いが認められた指定資金移動業者の口座は、資金の受入上限額が100万円以下と決まっており、あらかじめその従業員の金融機関名又は証券会社名及びその口座番号等を登録しておくこと決まっています。もしも賃金支払をした際に100万円を超えた場合は、あらかじめ登録されている当該従業員の銀行口座等に自動的に出金される仕組みになっています。その際の送金手数料については従業員の負担になる場合もありますので、指定資金移動業者に確認が必要となります。
「●●pay」等給与のデジタル払いが認められた指定資金移動業者が破綻した場合の保証について
銀行等の金融機関が破綻した場合には、預金保険法に基づく預金保険制度により一定額の預金が速やかに保護されますが、指定資金移動業者は預金保険制度の対象とはなりません。
指定資金移動業者が 破綻した場合には、指定資金移動業者と保証委託契約等を結んだ保証機関により、従業員と保証機関との保証契約等に基づき、速やかに従業員に口座残高の全額が弁済される仕組みになっています。
「●●pay」等給与のデジタル払いが認められた指定資金移動業者口座の資金が不正に出金等された場合の補償について
口座の資金が不正に出金等された従業員に過失が無いと認められた場合は全額補償されることや、過失があったとしても個別対応をしてもらえる場合があるほか、従業員が指定資金移動業者に対して虚偽の説明を行った場合等、指定資金移動業者で利用規約が定められています。
また、不正出金等から一定の期間内に従業員から指定資金移動業者に通知することが要件となっている場合もありますので、そういった期間についても事業主は従業員に説明を行う必要があります。
「●●pay」等給与のデジタル払いが認められた指定資金移動業者口座の資金を一定期間利用しない場合の債権について
指定資金移動業者が利用規約等により、従業員が口座を利用していない一定期間について、有効期限を定めている場合がありますが、最後の入出金から少なくとも10年間は払い出しが可能とするよう定められています。
「●●pay」等給与のデジタル払いがされた口座資金の換金性について
指定資金移動業者口座の資金は、1円単位で、現金自動支払機(CD)又は現金自動預払機(ATM)の利用や預貯金口座への出金等の通貨による受取が可能としており、また、少なくとも毎月1回は、従業員に手数料負担が生じることなく資金移動業者口座から払出をすることができるよう定められています。
「●●pay」等給与のデジタル払いの最低限のルールがあることを理解したうえで、自社で導入するとどうなるかを考えてみてはどうでしょうか。
自社の従業員は正社員やアルバイト、パートなどの雇用区分はどうでしょう?
給与体系、賃金額、支払い期日など、現行の給与支払いや対象従業員の範囲などを書き出してみて、もし自社で導入するならばどんなメリットがありそうでしょうか?どんなデメリットがありそうでしょうか?
様々な角度から検証をしてみてはいかがでしょうか。
この数年で日本もキャッシュレス決済がかなり進んでいるとは言え、まだまだ諸外国と比較すると遅れていると言われています。現行の給与のデジタル払いの仕組みから、法改正などを重ね、より利便性の高い賃金支払い方法となっていく可能性は十分にあります。
自社の取り組みとして導入することは、単なる手間や振り込み手数料削減の話ではないとお感じの事業主もいらっしゃるのではないでしょうか。若い世代はキャッシュレスが当たり前だと思う方も多く、また外国の方であれば海外へ送金したいからデジタル払いをしてほしい、というニーズも出てくるかもしれません。給与のデジタル払いの導入を検討することは、今後の「どんな従業員を雇い入れたいか」という労務環境等の整備にも関係のあることではないでしょうか。また、新しい仕組みをいち早く取り入れる会社というイメージにもつながることから採用活動に活かせる点にもなりうるのではと思います。
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