2026年を目途とした労働基準法の改正に向け、勤務間インターバル制度の義務化が議論されています。
勤務間インターバル制度とは、終業から翌日の始業までに一定時間の休息を確保する制度です。現在は「努力義務」ですが、厚生労働省の報告書で義務化の方向性が示され、すべての企業に対応が求められる可能性があります。
本記事では、制度の基本から義務化の最新動向、罰則リスク、そして具体的な導入手順までを解説します。

生島社労士事務所代表
生島 亮
いくしま りょう
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勤務間インターバル制度とは、1日の終業時刻から翌日の始業時刻までに、一定時間以上の連続した休息時間(インターバル)を確保する制度です。休息時間は単なる休憩ではなく、仕事から完全に離れて回復に充てる時間を指します。
たとえば「11時間」と定めた場合、23時に退勤した従業員は、翌日10時まで出社できません。定時が9時であっても、10時出社に繰り下げて(その分の給与は働いたものとみなして)運用するのが一般的です。

注意点として、インターバルには「通勤時間」も含まれます。遠距離通勤の社員は睡眠時間が削られる可能性があるため、在宅勤務の併用など、柔軟な対応が求められます。
業種によって適用ルールが異なる(運送業・医師は義務化済み)
勤務間インターバル制度は、業種によって法律上の扱いが大きく異なります。

◯一般企業(オフィスワーク・製造業など)
現時点では「努力義務」です。導入するように努める必要はありますが、実施しなくても直ちに罰則はありません。
◯運送業・医師
すでに厳しい法的義務が課されています。特に運送業(トラック・バス・タクシー等)では、2024年4月の改善基準告示により「継続11時間を基本、下限9時間」とする規制があり、違反は車両使用停止などの行政処分対象となります。
自社がどちらに該当するか、まず確認してください。
制度が設けられた背景(EU指令・過労死防止・働き方改革)
日本で勤務間インターバル制度が推進される背景には、過労死問題があります。
過労死を防ぐためには、単に残業時間を減らすだけでなく、睡眠時間を確実に確保することが欠かせません。勤務間インターバル制度は、その切り札として位置づけられています。
ヨーロッパ(EU)では、すでに1993年から「24時間につき最低連続11時間の休息」が義務化されています。日本の制度設計もこの基準を参考にしています。
では、なぜ11時間という数字が重視されるのか。
その背景には、睡眠不足が仕事のパフォーマンスに与える影響についての科学的な研究があります。
アメリカの研究によると、1日6時間の睡眠を14日間続けると、脳の機能が「2晩徹夜した状態」と同じレベルまで低下することが明らかになっています。睡眠不足が続くと、集中力や判断力が著しく下がり、事故やミスの原因になります。
参照)制度導入がもたらすメリット | 勤務間インターバル制度とは | 働き方・休み方改善ポータルサイト
つまり、勤務間インターバル制度は単なる福利厚生ではありません。従業員の命と健康を守り、会社の生産性を維持するための「安全装置」として設計されているのです。
日本企業の導入率が低い理由と現状
重要性が叫ばれているにもかかわらず、日本企業の導入率は約5.7%「厚生労働省の調査(令和6年就労条件総合調査)」と低迷しています。

最大の壁は、中小企業が抱える「人手不足」です。「ギリギリの人員で回しており、始業を遅らせると業務が回らない」「急なトラブル対応が入ると休息時間を守れない」といった現実的な課題が、導入を阻んでいます。
しかし、次章で解説するように、2026年以降の義務化を見据えると、これらの課題を放置することはできません。「どうすれば限られた人員で休息を確保できるか」が、これからの経営の大きなテーマです。
勤務間インターバル制度は、一般企業においては現時点では「努力義務」ですが、近い将来、法的な義務へと変わる可能性が極めて高い状況です。
ここでは、現行法の位置づけから2025年現在の最新動向と、今後のスケジュールについて解説します。
一般企業は現在「努力義務」(2019年4月から)
2019年4月に施行された「働き方改革関連法」により、一般企業の事業主には勤務間インターバル制度の導入が「努力義務」として課されています。
これまでは「未導入でも違法ではない」状態でしたが、この状況は変わりつつあります。
2025年1月、厚生労働省の「労働基準関係法制研究会」報告書において、「努力義務のままでは導入が進まない」として、「法的義務化を視野に入れるべき」という提言がなされました。
もはや「努力目標」で済まされる段階ではなくなりつつあります。
休息時間は「原則11時間、当面9時間」が基準に
義務化された場合、何時間の休息が必要になるのでしょうか。 国としては、EU基準である「11時間」を最終目標としています。
しかし、長時間通勤や現在の働き方の実情がある日本で、いきなり一律に「11時間」を義務化するのは現実的ではありません。
そのため、現実的な着地点として「原則11時間を目指しつつ、当面は9時間以上を下限とする」という段階的な基準や、業種ごとの特例を設ける方向で検討が進んでいます。
「まずは9時間から義務化し、将来的に11時間を目指す」というイメージを持っておくとよいでしょう。
義務化の施行時期は2026年以降が有力
「2026年義務化」という情報を目にすることがありますが、正確には「2026年に国会へ改正法案を提出することを目指している」という段階です。
通常、法律が成立してから施行されるまでには、企業の準備期間として1年程度の「周知期間」が設けられます。このスケジュールを踏まえると、実際に義務が課されるのは2027年4月以降となる可能性が高いと考えられます。
「まだ先の話か」と思われたかもしれませんが、油断は禁物です。
就業規則の変更や勤怠管理システムの改修、何より「休息を確保できる人員体制」を作るには、1年以上の時間がかかります。2025年のうちから準備を始めておかないと、施行直前になって慌てることになります。
あわせて検討が進む「つながらない権利」とは
制度の実効性を高めるためにセットで議論されているのが、「つながらない権利(勤務時間外の連絡を拒否する権利)」です。
せっかくインターバル時間を確保して家に帰っても、上司や取引先から電話やメールが頻繁に来ていれば、脳は休息できません。これでは制度の意味がなくなってしまいます。
今のところ罰則付きの禁止まではいかない見通しですが、インターバル制度を導入する際は、「緊急時以外の連絡は控える」といった運用ルールもあわせて整備することが求められます。
つながらない権利は2026年に法制化?労基法改正の動向と侵害事例・実務対応を解説
「罰則がないなら、まだ対応しなくてもいいのでは」と考える方もいるかもしれません。しかし、罰則の有無だけで判断するのは危険です。
現時点では確かに罰則はありませんが、義務化後にはさまざまなペナルティが想定されます。
さらに重要なのは、罰則がなくても今すぐ発生しうる経営リスクがあるという点です。
ここでは、現行の法的位置づけから、将来の罰則パターン、そして見落としがちな民事上のリスクまで整理します。
現行規定では罰則なし(ただし指導対象になる可能性)
現在、一般企業における勤務間インターバル制度は「努力義務」です。そのため、導入しなくても法律上の罰金や懲役といった罰則を受けることはありません。
ただし、「罰則がない=何もされない」というわけではありません。 長時間労働が常態化している企業に対しては、労働基準監督署が調査に入り、是正指導(改善を求める指導)を行うケースがあります。
勤務間インターバルの未導入そのものが直接の指導理由になることは稀ですが、長時間労働の是正を求められる中で「休息時間の確保」を指摘される可能性は十分にあります。
なお、将来的に義務化された場合に想定されるのは、労働基準法に基づく「懲役や罰金(刑事罰)」が科されるケースや、行政指導に従わない場合の「企業名公表」といった社会的制裁が科されるケースです(現時点では議論の最中です)。
いずれにせよ、コンプライアンス上のリスクが高まることは確実ですので、早めの対応が求められます。
刑事罰以上に怖い「民事損害賠償」と「労災認定」のリスク
罰則の議論とは別に、経営者が今すぐ認識すべき重大なリスクがあります。それが「安全配慮義務違反」による損害賠償です。
企業には従業員の健康を守る義務(労働契約法第5条)があり、これに違反して過労死などが起きれば、億単位の賠償を命じられる可能性があります。
ここで特に重要なのが、2021年に改正された労災認定基準です。
この改正で、「勤務間インターバルがおおむね11時間未満の勤務」が、過重労働の負荷要因として明確に指定されました。
つまり、「残業時間は法律の範囲内」であっても、インターバルが短ければ労災と認定され、会社の責任(安全配慮義務違反)が問われるようになったのです。
「罰則がないから」と油断していると、取り返しのつかない事態になりかねません。会社を守るためのリスク管理として、インターバルの確保は待ったなしの課題です。
導入の流れは以下の5つのステップで進めます。いきなり制度を作るのではなく、まずは現状を知ることから始めましょう。
タイムカードだけでなく、PCログや入退館記録も確認し、「前日の終業」から「翌日の始業」まで何時間空いているか、隠れた休息不足がないか実態を洗い出します。
EU基準では11時間が推奨されていますが、まずは9時間からスタートし、段階的に引き上げるのが現実的です。注意点として「通勤時間もインターバルに含まれる」ため、遠距離通勤者が睡眠不足にならないよう配慮が必要です。
特定の人への業務集中を解消します。シフト制の職場であれば、「遅番の翌日は早番にしない(正循環シフト)」というルールを徹底するだけでも休息を確保しやすくなります。
特定の人への業務集中を解消します。シフト制の職場であれば、「遅番の翌日は早番にしない(正循環シフト)」というルールを徹底するだけでも休息を確保しやすくなります。
手計算での管理は困難です。「インターバル不足になりそうなシフトにアラートを出す機能」や、「翌日の出勤予定時間を自動的に繰り下げる機能」を持つシステムを導入します。
導入時に活用できる助成金
導入にあたって押さえておきたいのが、費用をカバーできる助成金の存在です。
中小企業であれば、こうした就業規則の変更やシステムの導入費用に対して、国の「働き方改革推進支援助成金(勤務間インターバル導入コース)」を活用できる可能性があります。
ただし、最大の注意点は「順番」です。
助成金は、原則として「システムの発注や契約をする前」に申請し、計画の承認(交付決定)を受ける必要があります。先にシステムを買ってしまうと、助成金は1円も出ません。
将来的に義務化された後は、助成金が廃止されたり条件が厳しくなったりする可能性が高いです。「使えるものは今のうちに使う」のが鉄則です。
助成金の申請や就業規則の整備は専門的な対応が必要です。検討段階で早めに社労士へご相談ください。
制度導入には、経営的なメリットがある一方で、当然ながらコストや手間といった課題も存在します。導入判断の材料として、両面を整理しました。
【メリット】生産性向上と採用ブランディング
最大のメリットは「人材の質の向上」と「確保」です。 十分な睡眠は、メンタルヘルス不調や脳・心臓疾患のリスクを下げ、日中の集中力を高めます。ミスが減り、生産性が向上することは経営上の大きなプラスです。
また、「勤務間インターバル導入企業」と求人票に記載できることは、採用市場で強力な武器になります。
「従業員を大切にする会社」というブランディングになり、優秀な人材の確保や、若手社員の離職防止に直結します。
【デメリット】人員体制の見直しとコスト発生
一方で、デメリットとして挙げられるのが「手間」と「コスト」です。 インターバルを確保するためには、これまでのシフトが組めなくなったり、業務量が変わらない場合は増員が必要になったりと、人員配置の抜本的な見直しが必要になるケースがあります。
また、正確な時間管理を行うための「勤怠管理システム」の導入・改修コストも発生します。
ただし、このコストについては、国の「働き方改革推進支援助成金」を活用することで大幅に軽減可能です。
「初期投資はかかるが、採用コスト削減や労災リスク回避で十分に回収できる」という視点で検討することをおすすめします。
最後に、制度導入にあたってよく寄せられる3つの質問について回答します。
勤務間インターバル制度を無視してもいいですか?
一般企業においては、現時点では「努力義務」であるため、導入しなくても直ちに罰則はありません。
しかし、「無視してよい」わけではありません。運送業(トラック・バス・タクシー等の自動車運転者)など一部の業種では、すでに改善基準告示などで厳しい規制が適用されており、違反すれば行政処分の対象となります。
また一般企業であっても、インターバル不足が原因で従業員が健康被害を受けた場合、会社は「安全配慮義務違反」を問われるリスクが高まります。将来的な義務化の流れも確実であるため、今のうちから対応しておくことが賢明です。
管理監督者も対象になりますか?
結論から言うと、対象に含めるべきです。
労働基準法上の「管理監督者」は、休憩や休日などの労働時間規制の対象外とされています。そのため、法律の最低ラインで言えばインターバル制度の対象外とすることも可能です。
しかし、この制度の目的は「従業員の健康確保」にあります。過労死や脳・心臓疾患のリスクに、役職の有無は関係ありません。むしろ管理職の方が責任が重く長時間労働になりがちであるため、安全配慮義務の観点からは、管理監督者にも等しく休息時間を確保させる運用が推奨されます。
副業・ダブルワークの場合はどうなりますか?
原則として、インターバル時間は「自社での終業時刻」と「自社での始業時刻」の間で管理します。他社での勤務時間まで正確に把握し、管理することは実務上困難だからです。
とはいえ、副業先で深夜まで働いていれば、本人の休息は取れていないことになります。
副業・兼業を認めている企業では、副業の状況を本人に申告させたり、定期的な面談で健康状態を確認したりするなど、トータルでの負荷を把握する配慮が求められます。この分野は法整備が進んでいる最中ですので、今後の動向にも注意が必要です。
勤務間インターバル制度は、現時点では「努力義務」です。導入していなくても、すぐに罰則を受けることはありません。
しかし、本記事で解説したとおり、状況は大きく変わりつつあります。
2025年1月の厚生労働省報告書では「法的義務化を視野に入れる」方向性が示され、2026年以降の施行が有力視されています。
義務化されれば、刑事罰や企業名公表といったペナルティが導入される可能性があります。
政府の法改正の動きや、労災認定基準の厳格化といった流れを見ても、この制度がこれからの企業経営における「安全配慮義務の新たなスタンダード」になることは間違いありません。
助成金が活用できる今のうちに、無理のない範囲からスモールスタートを切ることが、企業と従業員の両方を守る最善の策と言えるでしょう。
自社に合った制度設計や、複雑な助成金の申請については、専門的な知識が不可欠です。リスク回避と生産性向上の両立を目指して、まずは社会保険労務士などの専門家への相談をおすすめします。

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